なんでちょっとだけ残すの?という質問

女性でVIOの脱毛で「ちょっとだけ残す」というのはどういうことなんだ?何の意味があるのだ?という素朴な質問スレッドを目にしました。

実に素朴じゃないですか。

「そんなちょっとだけ残すなら、もう全部脱毛しちゃったらいいのに!」というご意見ですね、実にごもっともです。

というか、全然関係ない話ですが、今住んでいる熊本では「肥後のいっちょ残し」というのがあって、大皿などを皆でつついて食べているときに、最後の一個だけなぜかみんなで残してしまうのです。

「遠慮のかたまり」のことですが、これが熊本人は激しいので「肥後のいっちょ残し」ていうんですね。

私なんか生まれも育ちも博多なので、「なんで残すん!ソッチの方が迷惑だろう!」とばっさばっさ思ってしまうのです。

「誰も食べないなら私食べるよ!」というと軽蔑されることもなく、どちらかというと羨望のまなざしで「どうぞどうぞ!」と言われる。

どうしてもいっちょ残しをしてしまうだけで、その最後を食べる人の勇気に対して「ありがとう!」と思っている様子。

「あんたらなんなんよ!」と思いながら、最後の一つが何皿もあるのをかたっぱしから食べてゆく私。

なんでちょろっと残すの?

この「なんで毛をちょろっと残して脱毛するの?」という疑問に対して、「不安だから」としかいいようがない。

全部というのは0ですから。ゼロに何を掛けてももうゼロなのです。

でもちょこっとでも残していれば「ゼロではない」

この「ゼロではない」ということが重要なのですよ。

「ゼロではない安心感」といえばいいでしょうかね。

「公衆浴場に入る時もちょっとあるという安心感がある」「ちょっとあれば有ることになる」ということになるとおもうのですが、波平さんに「なんでその1本の毛を大事にしているのだ?」と聞けば「すべてなくなるのは怖い」と言うと思うのですが。

なんで波平さんはあそこまでハゲているなら、「全部いてまえ!」とならないのかと聞いたらいいと思います。波平さんったら、あの1本の毛を大切にしてましたねぇ。

それにちょっと残せば「大露出は避けられる」と考える場合もありますし、そのちょこっとは「脱毛しきれなかったちょこっと」かもしれません。