あなたは神近市子か!と思う件【6】

なんとなくすっきりしない憤りをその質問者と回答者にたいして抱いていました。

他者の回答には「そんなグロテスクな部分が丸見えだなんて」というのがありましたが、「え?そんなにグロテスクなものをお持ちなの?」と傲慢にこっちは思ってしまいました。

そ。。。そんなに色々飛び出ているものなの?というほうが不思議です。

というか飛び出ている人は全脱毛しないでしょうよ。

自分にあった方法を模索するとおもわれます。

気にしている子は、ウイークポイントは隠すはずですって。

ただですね、ほんとにあまり価値観押し付けるというのは辞めましょうよという気持ちになりました。

そういう出方するなら、こっちも感情的になるよ!という感じですかしら。

たかだか脱毛で「毛の多さが母としての豊かさ」「大人の女性としての豊饒さ」なんてことを言ってはだめだよと思います。

毛がなくて悩む子に対して「そのような女性は毛がない事を恥じます」とかも言っちゃだめだよ。

毛が多い人は脱毛という方法があるわけで、でも毛がない子は方法がないんだから。

こういう場合配慮すべきは多毛な子の事ではなく、無毛の子に対してだと思います。

どうも解せない

ある程度人の目に晒されることが多い質問箱みたいなところでは、「絶対弱者」に対する配慮が必要じゃないのかなぁ。

毛が生えてこないことを悩んでいる子は、多毛で年齢が来れば脱毛の方法が取れるであろう子に対しての発言よりも配慮するべきだし、「母となって一人前の女性」という主張と取れる発言も、大人の女性だと自負があるなら避けるべきでしょう。

そういう偏狭的な女性が脱毛を「おかしい!」と騒いでるんだなぁという気持ちにこっちもなってしまいますわ。

多毛に悩む子は「脱毛が手軽になったよ。どうにでもなるよ!だから悩まないで!」と言ってあげたいですし、毛が薄過ぎで悩んでいる子には「お金出して脱毛するような時代だよ。それがおかしいなんて言われない時代なんだから、気に病まないで!」と言ってあげたい。

「母となる生き方を選択しない女性がいてもいいし、生めないなら生めない人生もあるよ。楽しむことが先決」と言ってあげたい。

たかだか脱毛で「母としての勤めが女性としての」などと言ってはいけないでしょう。

そんなことを考えているときに、ふと神近市子を思い出したワケです。